今日、社会課題への取り組みを進めることは、より重要さを増していると言えるでしょう。日本における社会課題についてフィールドを特に東京圏以外の地方に絞ってみると、人口減少や高齢化、都市部への人口流出による地域経済や産業の担い手不足、コミュニティ維持の困難といった課題が挙げられます。(こうした課題を本記事では地域課題とします)これらの地域課題は今、日本において特に注視すべきものだとされています。
では、そうした課題には誰が取り組むのでしょうか。地域課題というと行政が取り組んだり、大企業が資本を投入してプロジェクトを立ち上げるようなイメージを持つ方もいるかもしれませんが、地域に存在する中小企業やNPO法人などがこうした課題に取り組んでいくことも多くあります。実際、2000年代半ば以降、国内において地域課題が顕在化した際、地域課題が多様化・深刻化することにより本来的には行政が担うはずであった諸課題の解決が、次第に行政だけの取組では対応が困難になっていきました。その状況に対して、各地域のレベルで「ソーシャル・アントレプレナー(社会起業家)」らによって形成された、地域の中小企業、あるいは、NPO法人や中間支援組織等の形態(ソーシャル・エンタープライズ)が台頭するようになっていったのです。
しかし、地域課題というのは単一の組織のみで解決するのはなかなか難しいといった側面をもっています。加えて、地域に存在する中小企業やNPO法人などの小さな組織で活動を行う人々は大企業や行政とは異なり、自分の組織に必要なステークホルダーや大きな資本を有しているとは限りません。
このようなことから、いかにして自分の協力者となりうるステークホルダーをプロジェクトに巻き込んでいくのかという視点は、小さな組織が地域課題に立ち向かうためには重要だと言えるのではないでしょうか。
本記事では、3つのプロジェクトの事例を通じて、地方で小さな組織がステークホルダーを巻き込むにあたって重要とされるポイントについて提案します。地域課題に対してうまく取り組みを進めている事例にはどういった共通点があるのかをまとめてみました。
参考事例:https://vegibus.com/
画像出典:https://www.facebook.com/vegibusshizuoka/
やさいバスは、地域の流通網を活用した地域特化のマイクロ流通システムを構築し、地域の生産者と消費者をつなぐ新たな経済圏を提案した、静岡県発の事例です。大量生産・販売といった既存の大規模流通システムの限界を打破するために始まった新規事業であり、注文を受けた農家は地元の集配拠点まで野菜を出荷し、消費者はバス停を模した集配拠点で受け取ることができます。商品を共同配送することによってコストを削減しながら、プラットフォームでのチャット機能により、農家の方が消費者の要望や感謝の言葉を直接聞くことを可能にしました。
野菜を生産する農家にとって理想的なサービスに思われますが、実現までには信頼と理解を得るための地道な努力がありました。
参考事例:https://www.tohoku-local-secret-tours.jp/
画像出典:https://www.inoutbound.co.jp/
TOHOKU LOCAL SECRET TOURSは株式会社イン・アウトバウンド仙台・松島が開始したサービスです。東北地方の観光客に向けて、地域の多様なステークホルダーを巻き込み、地域内の経済循環率を高めるしくみの形成、持続可能な地域づくりに取り組んだ事例です。代表の西谷氏は海外生活や代理店での勤務経験から、地元のユニークな価値を自覚し、自身もツアーガイドとして観光客に直に接することで、その価値を検証していきました。地域の魅力をツアー商品にして販売することで、稼げる観光地域づくりを目指しています。
彼らが目指している観光地域づくりにおいては、共に観光地域をつくり上げる気概をもった地域住民の協力が必要不可欠でした。
参考事例:https://kigyo-satsumasendai.jp/sfc/
画像出典: https://www.inoutbound.co.jp/
薩摩フューチャーコモンズは鹿児島県薩摩川内市において、未来の衣食住、サーキュラー都市実現を支えるテクノロジー、基礎インフラに関わる先進的な研究や社会実装を行っている事例です。薩摩フューチャーコモンズ(共有地)を次世代まちづくりの拠点とし、そこから循環経済を薩摩川内市全体へと広げていくための活動を行っていっています。この取り組みでは、薩摩川内市・九州大学大学院芸術工学研究院が共同で企画運営し、市民・研究者・事業家が共に考え、造りながら持続的なイノベーションや新たな都市モデルを探索しています。
現状はまだ、実証実験段階ですが、地方においてステークホルダーを巻き込み、価値共創を起こすものとして注目できる事例です。
ここからは先ほど示した3つの具体的事例を用いて、地方で小さな組織がステークホルダーを巻き込むにあたって重要とされるポイントについて検討していきたいと思います。リサーチを進めることで、このポイントは事業のフェーズごとに変わって来ることがわかりました。それを踏まえて、本記事では大きく以下の2つのフェーズに分けて、各事例でどのような出来事が起こっていたのかを見ていきます。
重要とされるポイント:地域資産の価値発見・活用
重要とされるポイント:地域への熱い想いが集う信頼できるコミュニティの形成
導入期では、地域に住む人々に対して当事者意識を生みだし、そこに参画しようとする意識を高めることで、ステークホルダーを巻き込んでいくための素地を作っているということが、3つのプロジェクトを通じて浮かび上がってきました。
そのようにしてステークホルダーを巻き込むための素地を作る際、特徴的だった要素が「地域資産の価値発見・活用」でした。まず3つのプロジェクトでは、地域資産の価値を再発見することで、地域に住む人々の中にその地域に対する愛着や誇りを醸成しています。そして、都市部の既存システムをそのまま引き継いだだけではない、地方独自の形をもったサービスの兆しを実際に体験・実感してもらうことで、自分達の地域が新たな社会を実現させていく舞台の1つであるという認識が高めているという様子も見受けられました。
今回注目したプロジェクトでの具体的なエピソードについて実際に見ていきましょう。
サービス導入期、代表の加藤氏はサービスの価値検証のために、地元の農家やスーパーマーケット、レストランの方たちに、声をかけてまわりました。しかし、サービスのコンセプト自体には共感してもらえたものの、既存のシステムからの変更の煩わしさや実現可能性への疑いから、中々利用してもらえないといった状況に悩まされることになります。
その後、聞き込みを重ねると、既存のシステムからの変更の煩わしさや実現可能性への疑いとはどのようなものなのか判明します。
一般的に、地域で取れた農作物は大都市圏に集積され、そこから各地域に再配送されるといった大規模な流通システムに沿ってやり取りが行われます。鮮度の低下や環境への負荷、高額な手数料といった問題があるにせよ、新しい小規模なシステムを取り入れて、地域で取れた野菜を地域のレストランに直接売るということは、安定性や価格の面から現実的ではないと思われていたのです。実際に、農家の方が直接地元のレストランに野菜販売の交渉をした際には、既存システムと同程度の手数料を上乗せした価格での取引きにされたり、高くて売れるわけないと断られたりしています。
そこで代表自らが、地元の農家やレストランといった現場に入っていき、一から地元の農家とスーパーマーケット、レストランを直接繋ぎ、地元でとれた野菜を試しに一定期間使ってもらうことにしました。この取り組みを通じて、想像以上にお客さんの喜ぶ姿を目の当たりにすることとなり、多少値段が高くても、地元の野菜でも持続的に売上があがるという期待が高まりました。
また、そのような小さな成功の積み重ねから、農家やレストランの方々が抱いている現状の流通システムに対する不満は、新たなシステムを導入することでが解消可能であると実感してもらえ、地域の新たなシステムへの期待が高まっていきました。
農家の人は実際に喜んでくれる人の反応を直接知ることができ、スーパーマーケットやレストランは地元の農家をサポートすることで地域連携のPRをすることができました。これらの要素から、大規模な流通システムから小規模な流通システムへの移行の兆しが見え、地域社会への愛着や誇りが醸成されている様子がうかがえました。
そして、サービスコンセプトに共感して当事者意識を持った消費者や生産者たちによって、次第に信頼できる口コミが広がり、賛同者が増えていきました。
出典:https://agri.mynavi.jp/2020_06_01_120483/
出典:https://www.maff.go.jp/j/kanbo/dx/dxsub/dxcase10.html
出典:https://www.youtube.com/watch?v=oCrxv5dmUtQ
代表の西谷氏は、旅行代理店として働いていた経験から、既存の東北のツアーで提供されるような観光スポットよりも、東北での地元の日常の暮らしの方が観光客に喜んでもらえると考えました。そこで、それらを体験できる旅行ツアーを考案し、そのツアーの中で日常の体験を提供してくれる協力者を募りました。
しかし、協力者の中にはそのツアーの価値に懐疑的な人は少なくありませんでした。東北の現地に住んでいる人々にとっては、自分達の街は特別に特徴的な何かがあるわけでもないと思われており、地元が多くの人が集まるような観光地になりえるという自覚はなかったのです。当事者自身が一番その価値に気づきにくいのかもしれません。
そこで西谷氏はまず、彼らが有している「地域の暮らし」そのものが観光客からは非常に価値のあるものであると認識させるところから始めました。
例えば、りんご剪定作業体験において、リンゴ農家の変哲もない作業で観光客が喜ぶことを実際に体験してもらっています。りんご観光と聞くと、りんご収穫体験を連想するでしょう。しかし、東北観光にかかわる西谷氏が注目したのが、冬の剪定作業でした。あるりんご農家さんが1年の中で、冬の剪定作業が一番楽しいとおっしゃられていたことがきっかけとなっています。実際、剪定のやり方でりんごの味の7割が決まると言われており、その作業は非常にクリエイティブなものです。また剪定鋏やのこぎり、バゲとよばれるオープンカーなど農家の日常にはワクワクするようなモノやコトであふれていました。
出典:https://note.com/inboundfornow/n/n956b5c7b3618#ejN6e
地元での何気ない暮らしの体験で喜んでくれる観光客の姿から観光地としてのポテンシャルを感じてもらうことで、地域住民の間での地元への誇りや愛着が醸成されました。りんご剪定体験の他にも、手ぶらで津軽の郷土料理を楽しみながら、弘前公園で花見を楽しむことができる観桜会や刀剣ツアーなど多数の土地ならではのツアーを考案していきました。地元に対する誇りや愛着が、持続的な観光地づくりに対して当事者意識を持って行動する人びとの増加に繋がりました。
出典:https://note.com/inboundfornow/n/n956b5c7b3618#ejN6e
出典:https://forbesjapan.com/articles/detail/25428/3/1/1
プロジェクト代表の田村氏は鹿児島県薩摩川内市が原発立地地域であることから、地域住民の間で負のイメージが先行しているという固定観念をもっていました。2025年には国の規定により、地域経済の中核産業たる原子力発電所の運転停止が予定されているからです。しかし、田村氏が実際にフィールドワークを実施してみると、地域の未来に対する危機意識を持ちながらも、この場所に可能性を感じて活動しているたくさんの人がいました。
この地域には新たな持続的なモデルを受け入れる土壌があると感じられる一方で、単に目新しいモデルや海外など先進的な地域のモデルをそのまま輸入するだけでは、地域の住民の抵抗に生まれてしまうという危険も感じざるを得ませんでした。
これらの調査を踏まえて、地域の外部からやってきた田村氏が薩摩川内市という地域独自のモデルを構築し、意志をもった市民を巻き込んで新たな地域の可能性を描いたのが薩摩フューチャーコモンズと呼ばれる循環型社会でした。
インタビューの記事でも田村氏は以下のように語っています。
"「暮らしの手触りを感じる部分から課題を抽出し、当事者である市民を巻き込むことで“持続的なイノベーション”を実装する」というやり方。これしかないのよね。”
具体的な取り組みとして実際には、地域の衣食住、循環型社会に関する市民参加型のワークショップや展示を実施しています。地産地消という考え方を衣服、電化製品、日用品などにも当てはめていき、地元の製品がカーボンフットプリントの縮減に繋がる付加価値の高いものであることを多くの市民に認識してもらいました。資源の循環を前提とした試作づくりなどを行ってもらうことで地域への愛着や誇りの醸成を行い、新たな循環型モデル構築につながる購買行動の変化を促しました。例えば、川内市内で廃プラスチックを再利用するものづくり体験を行いました。
薩摩フューチャーコモンズのプロジェクトは現在導入から、拡大・安定への過渡期にあります。まだ、フェーズの移行期であるため、本記事では拡大・安定気についての具体的な内容の紹介はしませんが、熱いを想いをもって行動する地域の人々をつなげ、社会実装につなげていく役割としてのコミュニティ、また、企業・教育機関との連携や協同研究・開発を地域内外に展開していくコミュニティとして期待されています。
そのため、次の段階では導入期に集まった人々を繋ぎ、取り組みを持続的に拡大させるための仕組みを形成する必要があります。また、研究機能にとどまらず環境や社会の課題、企業ニーズに対して、関連する参加者で自律的にチームを立ち上げ、一定期間で成果を上げるプロジェクトとして運営も行っていく予定です。
拠点の完成後は地域の住民・企業のための活動拠点や意見交換の場としても期待されています。国内外の研究者や起業家、デザイナー、アーティストたちが交流することで様々な活動やビジネスが生まれ、この開かれた「コモンズ(共有地)」から循環経済の流れを薩摩川内市内全体に広げていく予定です。コミュニティを起点として、想いをもった地域住民がまちづくりに直接関与し、新たな街の可能性を探る、今後の動向が期待される事例と言えます。
拡大・安定期では、導入期に作り上げたステークホルダーを巻き込むための素地を生かして、サービスやプロジェクトを広めて、より影響力を持つものへと成長させていきます。
その際に特徴的だった要素が「地域への熱い想いが集う信頼できるコミュニティの形成」でした。賛同者が増えてきた段階で事業を更に安定して拡大させていくためには、発起人自身は仕組みを作ることに専念する必要があります。その上で、取り組みの輪を自発的に大きくしてくれる人たちに想いを伝え、パートナーになってもらうことが重要です。また、取り組みを持続的で強固にするためには、信頼できるコミュニティ形成を進めていくことも鍵となります。コミュニティ内では人とモノが高密度に交わり、帰属意識や当事者意識が強まります。そして、そのコミュニティに共感した新たな仲間が増えていくことで輪が広がっていきます。
今回注目したプロジェクトでの具体的なエピソードについて実際に見ていきましょう。
導入期では、代表の加藤氏の地道な取り組みによって農家や野菜を利用するレストラン・地域住民の人たちに新たなシステムへの移行の兆しを感じさせ、信頼できる口コミが広がったことで賛同者が増えていきました。
そうしてやさいバスに対する協力者が増え始めた段階で、次はITを用いた仕組みの導入を進めました。仕組みの構築後は、熱意を持った地域住民に働きかけてサービスの拡大・安定を図りました。
やさいバスでは、地元の大企業や自治体のリーダーといった、熱意をもった地域のキーパーソンが中心になって、取り組みの輪を大きくしていったとされています。新たな地域に進出する際にも、課題意識への強い想いをもった自治体をパートナーとして選定することを重視しています。
また、地方ごとにそれぞれのバス停(銀行や酒場等に設置)で売られる新鮮な地場野菜を起点として、新たなコミュニティが生まれていったことも特徴的です。
やさいバスでは農産物の品質低下を防いだり、事業そのものの信頼性を担保するために既存登録農家の紹介のもと、信頼できる人だけが登録できる仕組みをとっています。そうした人々に利用されるこのサービスでは、バス停での販売を起点として地域毎のコミュニティが形成されていきます。そこでの普段の会話からビジネスチャンスが創出されることもあります。お互いに顔が見える関係であり、信頼をもとに地域への想いが強い人が集まり、地域の輪が広がっています。地域毎のコミュニティを起点として、サービスを持続的に拡大させた事例として注目できます。
出典:http://smk2001.com/column02.html
出典:https://www.chukeiren.or.jp/wp/wp-content/uploads/2021/01/ganbaru_chubu_2021_1.2.pdf
出典:https://agri.mynavi.jp/2020_06_01_120483/
次に、取り組みを持続的な形で拡大させていくためには地域の人々から信頼を得て、参加し続けてもらう関係を築く必要があります。
そこで代表の西谷氏は、単に訪問客を増やすだけの観光振興ではなく、地域経済が循環し、持続的に発展させていける仕組みをデザインすることを重視しました。ツアー運営においては、地域内調達率を重視し、ビジネスサイドのアドバイスによって、経済的・本質的にいかにコミットしていけるか、一緒に歩めるかといった信頼関係を築くことに注力しています。
例えば、全国チェーンの量販店でなく、地元産品が使われている地元資本のお店を利用してもらうことは具体的な仕組みの一つです。単に観光客数を増やすことに主眼を置くのではなく、地域経済を盛り上げる姿勢は、取り組みに対する組織への信頼や帰属意識の向上に繋がりました。また、地域に精通し、思い入れが感じられるツアーガイドの育成により、地域の事業家に寄り添い、パートナーとして信頼してもらうことに注力しています。地域の魅力を凝縮したツアーに共感した人々が、取り組みの輪を広げるために自発的に取り組み、持続的な観光地をつくっていく立役者になっているのです。
出典:https://note.com/inboundfornow/n/n956b5c7b3618#ejN6e
本記事では、3つのプロジェクトの事例を通じて、地方で小さな組織がステークホルダーを巻き込むにあたって重要とされるポイントについて提案しました。3つの異なる地域の事例でしたが、その成功の根底には確かな共通点があったように思われます。一方で、上記に挙げられたポイントが特段、目新しいものではないと感じられた方もいるでしょう。ですが、このような地道な努力に裏打ちされた行動こそ、複雑化する地域課題を解決していく上で不可欠であると再認識できたのではないでしょうか。ここで紹介した内容が、皆様がプロジェクトを始める際の参考になれば幸いです。