アンカーデザインはアステラス製薬株式会社における創薬プロセスの改善プロジェクトをデザインリサーチの手法を用いて支援いたしました。本レポートではプロジェクト背景やプロジェクトの流れについてご紹介します。
プロジェクトの背景
医薬産業政策研究所の調査によれば、近年、研究開発投資が増加しているにもかかわらず承認される新規有効成分の医薬品数が横ばいであり、医薬品の研究開発生産性が低下していると言われています。(製薬産業を取り巻く現状と課題-よりよい医薬品を世界へ届けるために- 第一部 イノベーションと新薬創出)そのため製薬業界では様々なアプローチによる新たな創薬プロセスの模索が進められています。
アステラス製薬においても新薬の開発を加速させるための様々な取り組みが実施されており、その中のひとつにAI(ArtificialIntelligence:人工知能)を活用することによって創薬研究者の業務効率改善を目指すものがあります。他の多くの業界と同様に創薬業界においても過去に業務へのAI導入を試みた事例はいくつか存在するものの、従来AIと称されていたアルゴリズムの中には必ずしも精度が高くないものも含まれていたため研究者からの信頼を得にくい現状がありました。
そのような状況においては、高精度なAIを活用した業務システムをただ開発し現場に提供するのではなく、研究者がAIに対して持つ不信感を払拭したうえで、AIを上手く活用してもらい新薬開発を進める適切なコラボレーションの形を模索する必要があります。
アンカーデザインは本プロジェクトにおいて創薬研究者の皆様にインタビューを実施させていただき、彼らの仕事の進め方や、彼らが感じているニーズや要望を見出し、プロトタイピングによってアイデアをイテレーティブに可視化し検証していくことで、研究者にとって価値があると感じられるシステムの形ついて見出すことを目指しました。
プロジェクトの流れ
本プロジェクトの流れは下記のようになっています。
それぞれのステップについてご紹介します。
1. 研究者へのインタビュー
クライアント担当者様から情報共有を受け現状を理解した上で、4名の研究者の方にご協力いただき、インタビューを実施させて頂きました。インタビューの際は、創薬のプロセス、実際の仕事の進め方、仕事を進める上でのペインポイント、理想の仕事の進め方、AIへの印象、期待や疑念などについて話を聞きました。
2. 現状整理
次に、インタビューで得られた情報をもとに研究者の方々の創薬研究業務の流れや、研究者の思考についてジャーニーマップを活用して整理し、今回デザインするWebシステムを利用するユーザーのペルソナを作成しました。
3. インサイト抽出
インタビューおよびジャーニーマップをチームで共有しディスカッションをしながら7つのインサイトを抽出しました。このインサイトには研究者が潜在的に求めていること、窮地に陥ったときや迷う際に求めていること、他の同僚との関係性やコミュニケーションに関することなどが含まれており、これらインサイトをもとにデザインの方向性を見出しました。
本プロジェクトに限らず業務に用いるシステムのデザインでは、そのシステムを利活用することによって業務をいかに効率的に進められるかが重要なポイントであることは述べるまでもありませんが、創薬研究業務においてそのために必要な要素はどのようなものであるかを明らかにした他、システムのユーザーとなる研究者の方々がどのようなニーズや要望を持っているかを明らかにし、それらを念頭におきながらデザインを進めました。
また、今回のプロジェクトで利用を前提としている創薬AIのような新しい技術を活用したシステムは、その新規技術の導入によって大きな価値を生み出す可能性もあるものの、ユーザーに新しい技術をいかに受け入れていただくかがシステムを利用していただく上で重要なポイントとなります。そのため、研究者の方々がシステムを過小評価でも過大評価でもなく適切な度合いで評価し、信頼して頂くための仕組みを検討しました。
4. プロトタイピング
抽出したインサイトや仕事の流れをもとにして、Adobe XDを使ったプロトタイプを作成しました。作成したプロトタイプは、クライアント担当者様との話し合いを重ねながらブラッシュアップしました。
5. プロトタイプの評価及び改善
Adobe XDで作成したプロトタイプを用いて4人の研究者に協力していただき、ユーザビリティテストを行いました。ユーザビリティテストでは、実際の研究で行われる行動を想定し、その操作を実際に行うことができるかを確認しました。
ユーザビリティテストにおいて迷いが生じた点やわかりにくい点を中心に、クライアント担当者様と一緒にディスカッションをさせていただきながらプロトタイプのブラッシュアップを重ねました。Lo-Fiプロトタイプ(忠実性の低いプロトタイプ)からHi-Fiプロトタイプ(忠実性の高いプロトタイプ)へと徐々にブラッシュアップしていく手法でプロトタイプの作成を行い、最終的には合計で15バージョンものプロトタイプを作成しました。
おわりに
本プロジェクトでは、インタビューやペルソナ、ジャーニーマップ制作などのデザインリサーチ手法を活用し情報を整理・分析することで、新たな化合物のデザインを効率化するだけでなく、創薬業務の中で発案された有望な構造式の共有、創薬研究者の作業効率化、プロジェクトの進捗管理など研究者にとって価値があると感じられる様々なAIのあり方について見出すことができました。